プロデュースハウスSync Japan小林慎一郎(Kobayashi Shinichiro)
<プロフィール>
1955年大阪生まれ、1979年京都大学工学部電子工学科卒業後、朝日放送入社。朝日放送では、ラジオ・ディレクターからスタートし、大阪・東京支社でのテレビ編成、BS朝日立ち上げ~編成部長等の業務とBSデジタル会員組織の運営を担当。他、個人視聴率問題特別委員会、i-mode有料サービスの開発、地上波デジタル化の一連業務、BS12TwellV編成本部長等を経て、現在「プロデュースハウスSync Japan」代表を務める。
小林さんが「仕掛けた」テレビと視聴者との連動、そしてデータから分かった両者の関係の変貌について、いくつか語っていただきました。
「テレゴングで100万コール、思い知ったテレビの力」
・たまたま視た「たけしのスーパージョッキー」(NTV)でテレゴングによるリアルタイム抽選会を実施、なんと30分間で100万回の応募があった。
「80年代後半だったと記憶しますが、人気番組で行った、リアルタイムの抽選会として強烈な印象が残っています。当日は、三菱自動車の人気車種パジェロの新型をそのままスタジオに乗り込ませ、『これが当たります!』と30分間テレゴングで応募を受け付けました。
その結果が100万コール! 番組の平均視聴率が10%ぐらいなので全世帯の20%≒1000万世帯にリーチしたとすると100万コールなら視聴者10人中1人が行動を起こした(電話をかけた)わけで、テレビ番組が持つ『視聴者を行動させる力』に改めて驚きました。」
「All You Need is Remote Controller」(リモコンこそはすべて)
・90年代中頃、視聴者の行動心理を徹底探求。2兆円の広告費の行方はTVリモコンが支配していることを再認識
「個人視聴率の導入から各テレビ局はマーケティング部門を新設しました。朝日放送では視聴率の数字だけでなく、本当の視聴者の心理や行動を知ろうとグループインタビュー、ホールテストなどいろいろな調査を行いました。
実際にデータも採った結果も合わせてTVリモコンが想像を絶する頻度で押されていることがわかりました。視聴率データは1分が最小単位ですが、実際は想像を遥かに超えて1分間に何回となくリモコンが操作されていることもわかりました。つまり、視聴者は、見たい番組を選択して見るというよりも、TVリモコンが可能にするザッピング視聴でテレビの世界を回遊している、ということを思い知りました。編成マンとしてはクールに受け止めるべき事実ですが、創り手としてはいささかショックでもありました。
テレビの重要な収入源である広告費は(当時)2兆円ぐらいでした。そして、その2兆円は視聴者の好みや番組の良し悪しというよりも、TVリモコンの操作の結果で動いているにすぎないと痛切に実感しました。
「BSは、ネットより一歩先にユーザー囲い込みを試みたメディア」
・2000年のBSデジタル時代に視聴者データの確保を目指して、データ放送を使った総額1000万円の懸賞を実施。頭角を現してきたネットとの対抗を目指す
「BSデジタルが始動した2000年ごろはAmazon、楽天、YahooなどがECを始めたころです。また、ネット広告はまだまだ胎動期でしたが、テレビの視聴者データの意義と弱点を認識していたので『このままではネットに負ける、危ない。テレビでも顧客データを持つべき』と思いました。
そこで初めての本格的デジタル放送であるBSで視聴者との双方向性の確立の意味も含め、データ放送経由で『賞品総額1000万円の懸賞』を実施しました。AUDI TTロードスター、世界一周、ロレックス、PowerBook G4などなど豪華な懸賞品を並べた結果、当時、電話回線とのモデム接続、43にもわたる設問などなど応募ハードルは高かったのですが、20日間で10,083のユニークアクセスがありました。これは、当時のBS視聴可能80万世帯の1.25%です。
その後、BS各社はデータ放送ベースで、視聴者個々を各局の視聴者用クラブに勧誘し、2003年には100万人近くにまで会員数を伸ばしました。
しかし2003年の個人情報保護法などもあり、各局にとって個人情報の管理が負担になりだして結局クラブは解散、視聴者情報は破棄されてしまいました。まだまだインターネット画面上にクレジットカード情報を打ち込むことに抵抗感を持つ人が圧倒的な時代だったのですが、『テレビ局ならまさか紛い物を売ったり、個人の情報を悪用したりはしないだろう』という信頼をいただけるはずなので、大きなビジネスチャンスがあると確信していました。あの時期ならテレビ業界として新しいビジネス基盤を築けたのに…と今も痛恨の窮みです。」
「番組作りもメディア立ち上げも、視聴者やユーザーの行動心理を掴むことが重要であり、テレビの場合は番組内容そのものが重要なメタデータの塊ですが、リモコンの操作データもそもそも貴重なメタデータです。
また、BSではデータ放送の活用で、個々の視聴者データを100万クラスまで確保しましたが、管理の問題などがあり残念にも手放してしまいました。」
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小林さんは、BS時代に顧客情報を「放棄してしまった」のは惜しかった! と後悔されていらっしゃいましたが、それを「チャンスとタイミングが重要!」という得難い経験として、今の業務に活かしていらっしゃいます。
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<オリジナル・アピール>
自身の信念として、いつまでも一人の創り手でありたいし、今こそメディアが果たすべき使命がたくさんあると思っています。ただ、佳きものを創るための環境を確保するためにはそのコンテンツやメディアにまつわるデータを精緻かつ有用に把握・分析することが求められると考えます。メディア~クリエイティヴの世界で40年近く仕事をしてきましたが、オーディエンス(≒ユーザー)の行動心理とそれが醸成するメタデータの関係は本当に奥が深く、これからもそれを深耕していきたいと思っています。
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